大河ドラマ「べらぼう」を楽しく見るために
大河ドラマ推奨派なので、子供たちが少しでも大河ドラマを面白く見るための時代背景の説明を書いておきます。
まずは徳川家について。
「べらぼう」までの流れはこんな感じです。
ちょうど高校日本史の授業をやったので、ついでに生徒に詳しく教えた時のホワイトボード。
私は日本史はそれぞれの人が持つ「感情」の連鎖で出来上がってると思うので、人物関係は大事にします。
タイムリーにテレビで復活した「暴れん坊将軍」我々の時代は小学生も見てましたね。砂浜を白馬でかける貧乏旗本の三男坊。
暴れん坊将軍が徳川吉宗。
吉宗は徳川宗家断絶のため養子で将軍家に入った紀伊徳川。
ここで、将軍家断絶の折りに代わりに将軍になる家系を刷新。
吉宗の直接の家系の御三卿が誕生します。
一橋家は有名ですね。そう!最後の将軍徳川慶喜は一橋家。
というのは実は間違いで、慶喜はもともと水戸藩徳川斉昭の子で、そこから将軍になるべく一橋家に養子に出され、そこから将軍家に養子になるという複雑な流れなんです。詳しくは大河ドラマ「せごどん」で。松田翔太さんが演じています。
この御三卿が「べらぼう」で出てくる偉い人たち。一橋・清水・田安。
3話で田沼意次が定信を松平家に推挙した際に、田安家の次期当主(定信の兄)が「将軍様は田安家を潰したいのだ」的な事を述べてましたね。
これがどういう事を指すのか、そして最後に死んでいたのは誰か?
先ず整理すると田沼意次が田安定信を松平家に推挙した際に「これほどの人物が屋敷で何もせずにいるなんて」という部分ですが
御三卿は御三家と違い領地を持ちません。つまり藩主になる御三家と違い、ただ将軍の有事に備えるために血脈を残す家系なのです。
藩運営にも携わらないため、基本的には子供を作り、育てる。そして勉強をする。それ以外はなのもしない。
勉強は5代将軍綱吉のころから儒教と決まっていますね。定信はその中でも特に朱子学に力を入れています。
だから優秀な定信を白川藩松平家(徳川さんの親せき筋で譜代大名)の家に養子に出そうって話しです。
その後定信は幕府の中枢である大老になります。
つぎに不穏な空気はどこから出て来るものか。
それは反田沼派の存在です。
9代将軍家重、10代将軍家治は田沼意次を重用します。
しかし、家治が病死で再び徳川宗家は断絶するのです。
そして一橋家から家斉を養子、補佐として老中松平定信が誕生します。
ここまで書いちゃえば3話最後で死んでた人が誰か、予想ついちゃいますね。笑。
ネタバレしない様に、時代背景のみ書かせてもらいました。
あ、私は単なる大河ドラマファンの理系の先生です。笑。
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