なぜ塾の先生をやるのか
新年早々とあるところから「少子化で将来性のない業界にしがみついている理由は何でしょうか?」とめちゃくちゃ失礼な質問をされました。
しかもこれがもと同業者。
しかし、まあそういう質問を投げかけられると一瞬考えますよね。
そしてすっと頭に浮かんだのが、私の故郷、北海道出身のバンド、怒髪天の「ニッポン ラブファイターズ」の歌詞です。
是非聞いてみてください。笑。
なんでやっているのか…
まずは「業界の将来性」なんて全く考えてないですね(家族には申し訳ないけど。笑)
「将来性があるから働く」って楽しいのかな?
「将来性がある=安定してお金が稼げる」って事なのかな?
それとも「終身雇用が保障されている」って事かな?
どちらにせよ貧しい人生になりそうで嫌だな。
次に「少子化で将来性のない」
これもまったく的外れな論理ですね。
少子化…つまりは市場の縮小。ここまでは正しい。
しかし子供がいなくなるわけではない。
つまり、将来業界内でのシェア争いが激化し、中途半端なものから淘汰されていく。
それってすごく楽しくないですか?
どんどんと洗練されて、本物しか生き残れない業界になっていく。
「オラ、ワクワクすっぞ」
って書いてみたけど、それって日本のどの業界でも同じですよね。
少子化って、安易に「子供が減るから子供を扱う業態は厳しくなる」って考えがちだけど、その子供が10年したら、20歳になるわけで、そしたら20代を対象にしている業界が厳しくなって、その後10年後は…と結局人口減少により市場の縮小が起って、日本企業は海外に進出していかなくてはならなくなる。みんな覚悟して臨まねばならないだけです。その第一波が早いか遅いかの問題。
少子化=子供を扱う業界は将来性がないってのはちょっと皮相浅薄ですね。
とまあ、反論を書いてみましたが、ここから「なんで塾の先生をやっているのか」の核心を書きます。
それは「求められているから」です。
すこし自惚れたことを書きます。
私のもとに来なかったら、志望校に受からなかった子は何人もいます。
私のもとに来なかったら高卒で社会に出ていった子が何人もいます。
私のもとに来なかったら、学習障害ってレッテルを張られて、特別支援学級に進まされた子が数名います。
私は常に「俺がやらなきゃ誰がやる!(ニッポン ラブファイターズの歌詞)」の気持ちでいます。
私は好きな言葉が3つあります。
一つは高杉晋作の辞世の句
「おもしろくなき世をおもしろく」
面白くない世の中だって面白く生きてやる!これが大事。
外的要因(他人・時代)に嘆いても仕方ない。
もう一つはhideの曲「ROCKET DIVE」の歌詞
「何年待ってもなにも降って来やしないんだろ?」
自分で動かなきゃ何も始まらないんだ。
そして最後は海上保安庁の特救隊の心意気
「苦しい 疲れた もうやめた では人の命は救えない」
私が預かっているものは子供たちの人生です。つまりは命です。
どうでしょ。これでなぜ塾の先生をやっているかの答えになりましたかね?
色々書きましたが、結局のところ子供たちが好きなんです。
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